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カテゴリ:未分類
  • 生活環境を整える
    [ 2012-03-24 14:39 ]
  • パレードの話の続き
    [ 2010-11-09 04:17 ]
  • Fiesta de Patria(フィエスタ デ パトリア)
    [ 2010-11-06 09:29 ]
  • 市内の移動・ある日のタクシー
    [ 2010-11-02 09:27 ]
  • 授業風景2(キーマン先生)
    [ 2010-10-29 05:46 ]
  • 授業風景1(ベテラン先生)
    [ 2010-10-28 05:36 ]
  • 初・日本語教師ミーティング
    [ 2010-10-26 04:01 ]
  • そして、着任しました。
    [ 2010-10-25 03:28 ]
  • パナマでの住み家
    [ 2010-10-22 02:21 ]
  • 来ちゃいました、パナマ
    [ 2010-10-19 11:01 ]
生活環境を整える
週末にホテルから住み家に引っ越し。
早速生活用品の買出しに出かけました。

マレーシアのすごいところ。
それは、なんでもあること。
ジャスコも、ダイソーも、ユニクロもあります。4月からは無印良品も開店します。

まず向かったのはIKEA。これで寝床確保。

それからダイソー。日本より割高ですが、やっぱり生活必需品はここ!気のきいた品数豊富な商品がそこらへんのスーパーより格安で手に入ります。

それからジャスコにも行きました。ここでほとんどの日本食材は手に入ります。
日本語で書かれた商品を見ていると、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなります。

マレーシア、物価は決して安くありません。
食事や交通機関は安いですが、スーパーで売れらている食材、生活用品、その他もろもろ、ほとんど日本と変わらないか、モノによっては高いくらいです。



マレーシアの残念なところ。
それは、ビールが高いこと。
一缶5リンギ(約150円)はします。ラ米は50円ぐらいだったのに〰!(泣)

そして食材が高いこと。
外食するより自炊すると高くつくことも。
ようやく自由に使えるキッチンが持てたというのに(ラ米ではホームステイ、日本では共用でした)、日本食材が売っているというのに、なんとしたことか!
ご飯をどうするかは要検討です。


私の選んだ住み家は、下見の時まだ改装工事中だったこともあり、引っ越した翌週には、部屋のクリーニング、カーテン取り付け、エアコン工事、テレビの配線、ガスの工事などがありました。
木曜日には日本から別送品で送った荷物も無事届きました。
残すはあとエアコン工事(古くてどうにも動かないエアコンの交換)とインターネットのみ。
こうして、こちらでの生活基盤が徐々に整ってきつつあります。


実は、引っ越しの翌週から集中授業も始まっています。
授業が始まる前に、なんとか住居を決め、引っ越しを済ませてしまいたいというのが本当のところだったのです。
生活基盤整備は集中授業と同時進行だったのでした。
なかなか休めませんね。。。
by momine2 | 2012-03-24 14:39 | Trackback | Comments(0)
パレードの話の続き
前回のブログでパレードの話を書きましたが、その話には続きがありました。

休み明け、学校に行けば、みんな連休何をしたかの話になりますよね?

ある人と話しているときも、私が、パレードを見に行ったこと、コレヒオの生徒たちのかと思っていたの、警察やら国境警備隊やらばかりのおかたいものばかりしか見られなかったこと、拳銃の銃口がこちらを向いていてちょー恐かったことなどを話しました。

そしたら、それは今年だけ、だというのです。
現在の大統領がそういうパレードが大好きで、だから軍事パレードみたいになってしまったけど、例年はそんなんじゃない。あんなのは今年が初めて。パナマ国民もあのパレードにびっくりしているし、怒っている。

ということを聞きました。


しかも、国境警備隊は正式には軍隊ではなく警察だそうです。

「パナマは軍隊を持たない国なのに、あんなパレードを見せてしまって恥ずかしい。」

と、ある人。


外国人の私が見て思ったことと、政府のもくろみと、国民の意見は、全然違う。

誤った情報を伝えてしまうところでした。
お詫びして訂正します。

by momine2 | 2010-11-09 04:17 | Trackback | Comments(0)
Fiesta de Patria(フィエスタ デ パトリア)
パナマでは11月のはじめに祝日が続き、その連休をFiesta de Patria(フィエスタ デ パトリア)と呼びます。
今年は特に土日とつながりほぼ1週間の大型連休となりました。

10月末のハロウィーンから、もう街中が浮かれ始めます。
11月2日(火) 死者の日(el día del muertos)
              この日は特に祝日ではないのですが、大学などではこの日から連休に入ります。
   3日(水) コロンビアからの独立記念日(el día de la separación de Colombia)
   4日(木) 国旗の日 (el día de la vandera)
   5日(金) コロン市の独立宣言の日el día de grito de Colón)
              この日はコロン市のみのナショナルデーなのですが、全国的に勝手にお休みです。

この期間中は各地でパレードが行われます。特に3日、4日が一番盛大だそうです。
パナマ人たちの多くは、都会を離れ海などの地方に行って過ごすのだそうです。

ちなみに、11月は(12月に入っても)まだまだ祝日が続きます。
  10日 独立第一声の日(サンフランシスコ市)(el día de grito de San Francisco)
  29日 スペインからの独立記念日(el día de la indipendencia)

パナマはスペインからコロンビアの一部として独立しましたが、その後コロンビアからも独立(分離)しました。
なので、2回独立記念日があります。しかも同じ11月に。

パナマでは2、3月のカーニバル、3,4月のセマナ・サンタ以降はほとんど祝日がなく、だからこのフィエスタ デ パトリアをパナマ人たちはみんな心待ちにしているんだそうです。


せっかくなので、via españaというところでパナマで一番大きいパレードがあると聞き、見に行きました。



これはパナマの民族衣装。ポレーラといいます。髪飾りが豪華。


悪魔(ディアブロ)のお面を被った人もいます。秋田の「なまはげ」みたい。


インディヘナももちろん参加。こちらはクナ族。ほかにもパナマにはたくさんの民族がいます。


私はコレヒオ(日本の中学・高校にあたる)の生徒たちがマーチングバンドで踊りながら・・・というのを期待していたのですが、私が見たのはもっとお堅い、それこそ「国の」パレードでした・・・
(コレヒオの若者たちのパレードは違う場所で行なわれていたようです)

え?ギャング??

いいえ、国境警備隊です。
コロンビアとの国境はいまだジャングル。ゲリラも出没し、麻薬の通り道にもなっている危険なところです。
大変なお仕事だし、撃たないことはわかっていても、銃口がこっちを向いていたので気が気じゃありませんでした。。。

こんなのもパレードに登場。

これは海上保安庁にあたるものです。


あまりにも硬いのでちびっこで中和。しかし、囚われの身にしか見えなくなることも。。。



ほかにも警察だの救急だのとかたーーーいパレードが続きました。
国民の税金を使っているのですから、その使い道を示すのはわかります。が、大砲だの様々な銃だのが大量にあるのは、それを見なれない日本国民の私には気分がいいものではありませんでした。子供の教育上もよくないと思うのですが・・・
以前にいたコスタリカも軍隊を持たない国でしたから・・・。
ま、パナマが国防のために多額の軍事費を割いていることはよく分かりました。


見物客の様子。見る気満々です。椅子は持ってくるもよし。買うのもよし。


その後、テレビでコレヒオの若者たちのすがすがしいさわやかなパレードを見ました。
こっちのが生で見たかった・・・

彼らは演奏しながら踊ります。
大太鼓は担いだり廻したり、小太鼓も相手の太鼓をたたいたり、シンバルも踊りながら叩くし、チアリーダーありの、すごくアクロバティックなものです。

今回パレードを見て思ったのは、パナマには歴史があるということ。
中米の歴史は運河の歴史と言っても過言ではなく、それを持つパナマにはすごく複雑に絡み合ったものがあります。

まずは人。コスタリカより黒い。アジア系の顔の人も多い。
これはもともといたインディヘナ、それを征服したスペイン人(白人)、パナマ運河建設のために連れてこられたアフリカ人(黒人)、伝染病が流行ってあまりにもアフリカ人奴隷が死にいつまでたっても運河が完成せず、
かわりに労働力として渡ってきた中国人。そういった人たちが今のパナマ人を作り上げています。

コロンビアからの独立、これにはパナマ運河の覇権を狙ったアメリカの陰謀が絡んでいます。独立後パナマ運河を完成させたアメリカは1999年までそれを所有していました。
パナマ人としてのアイデンティティは、パナマ運河の返還運動から芽生えたと言われています。
テレビでも、独立にまつわる番組を放送していました。

祝日や記念日には意味がある。
こちらの国々はきちんと祝日を祝い、みんなが成長の過程で参加するので、それが愛国心につながっているんだと思います。

by momine2 | 2010-11-06 09:29 | Trackback | Comments(2)
市内の移動・ある日のタクシー
パナマシティというのは、海岸線に沿って市街地が発達した街です。
JICA事務所も海沿いの治安の特にいいと言われているところにあります。
一方、私の下宿先は、パナマシティの中でも内陸の端っこにあります。治安は悪くはないのですが、まあ、交通の便はいいとはいえません。直線で結べば遠くはないのですが、直通のバスはなく、これまた端っこにある長距離バスが出ているバスターミナルまで遠回りしてからバスを乗り換えるしかありません。なので、JICA事務所に行くときはタクシーを利用しています。

ちなみに市内バスは「diablo(ディアブロ “悪魔”という意味)」と呼ばれています。料金は1回のってから降りるまでなら25セント、タクシーはメーターはなく、いちいち交渉します。が、市内なら3ドル以内で移動可能。ちなみに内陸の端っこの我が下宿先から海側端っこの事務所まで大体2〰2.5ドル。日本から比べたら破格の料金ですね。

そして、行き先が同じ方向なら相乗りします。
なので、他の人が乗っているときは乗り降りする場所に注意が必要です。私は念のため下宿先のまん前ではなく、最低でもちょっと離れた所から乗り降りするようにしています。

さて、ある日、JICA事務所に行く用事があり、ちょっと近くのスーパーによって、そこからタクシーに乗って行くことにしました。スーパーにはタクシー乗り場もあります。
スーパーで用事を済ませて出てくると、まったくタクシーがいませんし、来ません。あまりタクシー待ちのお客さんはいませんでしたが、しかし、あまりに来ないので徐々に増えてきました。
そうこうするうちに、辺りが一気に暗くなり、雷が鳴り出し、土砂降りの雨が降ってきました。あっという間にタクシー待ちの客が膨れ上がりました。
やっと来たタクシーにみんな群がります。いちいち行き先を告げ運転手がOKしなければ乗れないので、みんな我先にと交渉に向かいます。そして先に乗車OKされた人と同じ方向なら、後発隊でも乗車できます。なので順番なんかありません。

私は最初それが分からず、律儀に順番を待っていたのですが、後ろから来た人に先を越されいつまで待っても乗れそうにないので、これではいかんと交渉に乗り出しました。
しかし今度は、来るタクシー来るタクシー全て乗車拒否。
どうも私の行き先と同じ方向の人がいない+遠すぎる、らしいのです。

雨はやみそうにないし、どんどん客は増える。そこでそのまま待っていても、いつになったら乗れるか皆目見当がつきませんでした。そこで、道路にでて走ってるタクシーをつかまえることにしました。
雨が降っているため、やはりタクシーがあまりいません。
やっと来たのを止めようとしても素通りするものばかり。やっと止まっても乗車拒否。しかし、ここで捕まえるしか道はありません。傘をさしていてもすでにビショ濡れです。

そして、最後にやっと、優しげな顔の若いドライバーが運転する他の客を乗せたタクシーが止まり、「OK」してくれました。
タクシーに乗ろうと待ち始めてから、すでに1時間がたっていました。
もちろん、約束した時間はとっくに過ぎていました。

やっとタクシーに乗れた私は、やっとホッとすることができました。すでに電話を入れ遅れることは告げてあったので、その後渋滞でさらに到着まで1時間近くかかりましたが、私はやっと乗ることができたタクシーでの時間を存分に味わいました。

さて、JICAでの用事もすみ、いざ帰ろうと道でタクシーを止めようとしましたが、またまた全くつかまりません。たくさん止まってはくれるのですが、今度は全て乗車拒否です。20分ぐらいはがんばりましたが、もう来る時もあわせて疲れ果ててしまい、事務所に引き返し協力を頼むことにしました。

タクシー会社に電話をかけて呼び出すことに作戦変更したのです。しかし今度は「その(あなたの行きたい)行き先に行くタクシーはいない」と言われてしまいました。
これにはさすがに事務所の人もびっくり。私の大幅遅刻の理由もどうやら本当に嘘ではないと信じてくれた様子。

そこからはパナマ人スタッフが自分の知り合いのタクシー運転手に電話をかけまくり、タクシー料金もちょっと多めに払うということで交渉開始。待つこと約45分。ようやく同じ方向にいくタクシー運転手を見つけ出してくれました。


タクシーをつかまえるためだけに、来るとき1時間。帰るときも1時間・・・


後から聞いて分かったことなのですが、私の前任者もタクシーにすごくストレスを感じていたそうです。そして、ここパナマでは、客の数、天気、行き先、時間帯、運転手の気分などでタクシーに乗れるかのれないかが決まるらしいです。つまり、運転手次第。


(私の心の声)
おまえら、タクシー運転手だろ?人を運ぶのが仕事だろ?
だったらつべこべいわずはたらけーーーー!!!!


帰りももちろん渋滞でした。

まったく、タクシーにふりまわされた一日でした・・・


P.S.その後、バス+徒歩での行き方を教わり、それで行くことにしています。。。
by momine2 | 2010-11-02 09:27 | Trackback | Comments(2)
授業風景2(キーマン先生)
さて、授業風景第2回目の今回は、この日本語コースの中心人物、キーマン先生です。

ずっとお話しているように、このコースを支え続けてきた人です。
彼は来日経験はありますが、成績優秀者のbecaなのでたった3週間だけ、しかも日本語を習ったのはこのCELUTPだけというから驚きです。
英語も堪能なので、英語も教えています。
でも、学生の時の専攻は電子工学。

やっぱり、何でもできる人というのはいるんですね・・・

彼は2クラス担当していて、これはレベル1の平日クラスの模様です。


このクラスの学生は、とにかく明るい。よくしゃべる。
私に対しても、物おじせずにどんどん話しかけてきます。(ほとんどスペイン語ですが)
恐怖や不安を取り除くことは、言葉の上達には欠かせません。
学習動機も、これだけいるとさまざま。
キャビンアテンダントをしていて、日本に行ったことがあり、今度じっくり旅行したい、在パナマの日本企業で働いている、など、仕事と関係ある人もちらほら見受けられました。
もちろん、大学生もいます。高校生も、います。


定員ギリギリ、大人気。

たしかに。

彼は、素晴らしい先生です。


まず、日本語の理解が文法の知識も文化的背景も正確です。
授業の進行は日本語で行ない、細かい説明はスペイン語でするのですが、その両方ともが正確で的確なのです。発音もすべて正しい。

そして、自分が学生だった経験を活かし、かゆいところに手が届く説明をします。
日本語とスペイン語の違い、どうしてそうなるか、表現の意味の説明、文化的な説明、言葉の由来など、日本人教師ではネイティブだからこそ気づかなかったり、うまく説明できないところもドンピシャ。

さらには、授業がおもしろい。
こういう言い方はアレですが、ど素人の日本人が教えるより教授法もしっかりしているし、練習もいろいろな形でたっぷり行ない、とにかく「生徒のための楽しくてためになる」授業なのです。先生のキャラも、それを手伝っています。

極めつけは、やはり愛情。
先生だからという奢った態度や上から目線はみじんもなく、それでも自由奔放な彼らを見事にリードして行きます。根気よく、辛抱強く、すべてを包み込む。


ここまで2人紹介しましたが、正直、私はここにいらないんじゃないか、と思ったくらいです。
だって、こんなにいい授業をする先生がいるんです。

「ネイティブ教師として、何かしなければ」
そんな私の浅はかな考えなど、吹っ飛んでしまいました。
そんなことを考えること自体、奢りや未熟さの表れだったのです。

いろいろ、勉強させてもらっています。
by momine2 | 2010-10-29 05:46 | Trackback | Comments(0)
授業風景1(ベテラン先生)
このパナマ工科大学言語センターの日本語コースは、一般公開講座です。
なので、平日は夕方〰夜、あと土曜に開かれています。
UTPの大学生のほか、ほかの大学の学生、高校生、社会人も学んでいます。

そして、このコースはパナマ人の先生によって運営されています。
しかも1人ではなく、複数のノンネイティブ日本語教師が活躍しているのです。

これは、アジアや日本語教育が盛んな国々では当たり前なことかもしれませんが、地理的にも遠く日本とのつながりも希薄なこの土地では、奇跡的で信じがたいことなのです。

前回の記事でも書きましたが、シニアボランティアが不在の間、この日本語コースを支えてきたのは元学生の教師です。そして、現在の7人まで増えました。
以前にいたコスタリカは、日本語教師隊員が約30年派遣され続けているにも関わらず、なかなか教師候補者(素質のある人+なりたい人)が育たず苦労しました。それに比べてここは・・・。
苦境が人を育てるのでしょうか??


今日から、少しずつ先生方&クラスの様子をご紹介していきたいと思います。


第1回目の今日は、ベテラン先生です。

彼女は在日経験もあり、日本文化に非常に通じています。
日本とパナマの教育制度を比較した本も書いています。
複数の博士号を持ち、アメリカ滞在も長いので英語も教えています。
つまり、私などよりはるかに経験をお持ち。教育のプロです。

そして、なにより生徒たちに対して愛情深く教えるのが印象的。
呑み込みの遅い学生にも、辛抱強く、根気よく、温かく見守り、必要ならば何度も説明を繰り返します。
このあたり、個人的に見習わないといけない部分です。

このクラスは18:00〰21:00。ほとんどが社会人で、仕事が終わってからやってきます。
なので、食事抜きの人もいます。
私が初めて授業見学に入った日、ある生徒が、恥ずかしそうに教室を出て行こうとしました。
先生が理由を聞くと「日本人の先生がいるのに、食べながら授業を受けちゃ失礼だ」というのです。
先生は、日本では授業中に飲み食いしないことを教えているらしく、彼はそれを覚えていて、普段はパナマ人だけだから許されているけれども、日本人の前でそんなことはできない、と思ったようなのです。
私も先生も思わず顔を見合わせて、「大丈夫。食べながらやってもいいですよ。」と言いました。
こういう小さいことに、胸キュンしてしまいます。

その後、彼は席につき、ご飯とは言えないコーヒーにクラッカーをつまみながら熱心に授業を聞いていました。


先生は、その後も手を変え品を変え、仕事後の疲れがピークの生徒たちの集中力を切らさないようにいろんなメリハリをつけながら授業を行ないました。

そこには、思いやりがあふれていました。

生徒さんの方も、仕事が終わって疲れているのに、ご飯も食べず、3時間の日本語の授業を受ける。
しかも週2回。
日本で英語を習うというのとは、明らかに違います。
何の役に立つんだろう?という言語のために、ここまでするのか?というほど、熱心に勉強するんです。
しかも、お金を払って。


ある日、初めて見る生徒さんが来ました。
やはり普段はなかなか忙しくて来られないんだそうです。
でも、この日がコース終了日。テストを受けに、やってきたのです。
テスト直前の様子。みんなから離れて、詰め込むだけ詰め込みます。必死さが伝わってくるでしょ?


なんで、そこまでして?
その情熱とひたむきさは、どこからくるのでしょうか???


世界には、私たちの常識ではとうていはかることのできない「アツさ」が確かに存在します。





by momine2 | 2010-10-28 05:36 | Trackback | Comments(0)
初・日本語教師ミーティング
新しい日本人の先生(私)の着任+日本語の正規のコースが今週で終了、
ということで、今後のコース運営について、着任翌日に早速話し合いがありました。

(余談ですが、パナマに来てから「無駄に待たされる」という経験が、まだたった1週間ですが、ありません。
素晴らしい!!)

この言語センターには2000年シニアボランティアが派遣されるようになり、
私の前にもシニアボランティアが半年入っていましたが、その前はしばらくあいていたそうです。

その日本人教師が不在の間、この日本語コースを支えてきたのがセサール先生という先生。
若干27歳、このCELでしか日本語を学んでいないのにもかかわらず、素晴らしい日本語力の持ち主です。

そのセサール先生を筆頭に、総勢7人(この人数にもちょっと問題ありですが)の先生たちが集まりました。

パナマでは、11月のはじめの週がfiesta de patria(フィエスタ デ パットリア)といってコロンビアからの分離を祝う祝日が続きます。なので学校は1週間お休み。その後もスペインからの独立記念日、母の日などの祝日があり、12月16日からは年末年始休暇に入ります。

なので、フィエスタ デ パットリアからクリスマス休暇までの1ヶ月間、taller(タジェール:講演や集中講義、活動など)をすることにし、その内容をみんなで話し合いました。

4週間なので、生徒募集もかねた日本文化紹介のタジェールにすることにしました。
月・水グループ、火・木グループ、土曜グループの3グループ作り、それぞれ20人を目安に募集します。

先生たちにどんな文化紹介がいいかたずねたところ、アニメ、マンガ、祭、書道、ハンコ作り、折り紙、すし作りをすることに決まりました。先生たちそれぞれが得意とするものを担当することにし、各授業には2人ペアで入ります。私は事前に活動内容(教案)のチェック、やり方が分からないときはそのやり方を教える、といったサポート役に回ることにし、それぞれの担当や時間割を決め、この日のミーティングは終了しました。

新人の先生の中にはこのタジェールが初授業になる人もいます。
すでに興奮気味。やる気満々。ここでは、先生もキラキラしています。

by momine2 | 2010-10-26 04:01 | Trackback | Comments(2)
そして、着任しました。
月曜日、早速初出勤。
パナマへ来て1週間足らずで活動開始。すべてがあっという間に進んでいきます。

私の配属先は、パナマ工科大学(略してUTP)の言語センター(略してCEL)。
パナマ大学という、日本で言えば東大にあたる大学があるのですが、この大学はその工学部が独立してできた大学だそうです。

6学部あるそうで、敷地内にはそれぞれの学部の建物が立っています。

しかしこの言語センター、どちらかというと付属施設なのにも関わらず、メインゲートを入ってすぐのところにある建物の中に設けられています。
同じ建物内に、学部長などの重鎮のオフィスも。私のホストマザーもここにいます。


中。廊下も広いしきれい。


言語センターの事務所の隣に、日本語コース専門の教室兼オフィス。


こんな教室一つを確保できるなんていう好待遇を受けているのは日本語だけです。ありがたや。
と、いうのも、日本はこの言語センターにLL教室を寄付したからで。



職場のスタッフは、センター長はじめみんなとても親切です。
ここはホームステイ先からも歩いて20分(そのうち10分は構内の緑の中を気持ちよく)という近さですし、施設もスタッフも素晴らしく、働く環境はサイコーだと思います。

by momine2 | 2010-10-25 03:28 | Trackback | Comments(0)
パナマでの住み家
2日間にわたるオリエンテーションの後、早くもお引っ越し。
短期隊員、テンポ速いです。
短期の場合、ホテル住まいと聞いていたのですが、配属先の大学がホームステイ先を用意してくれました。
ので、ここパナマでもパナマ人家族と一緒に住むことになります。

朝9時ごろ、配属先のスタッフが迎えに来ました。

そして、これからお世話になるお宅へ到着・・・


家族はお母さんと娘1人と犬1匹。そして月曜から金曜まで通いのお手伝いさんがいます。
ご主人と息子もいますが、2人は今スペインにいます。

お母さんは、私の配属先であるパナマ工科大学言語センターで企画運営の仕事をしています。
つまり、同じ職場。(でも職場で顔を合わせることはほとんどありません)
細かいことは気にしないタイプ。豪快なかんじです。

娘さんは、22歳で、いわゆるプー。
観光の勉強を終え、今は仕事を探し中です。
ヒマなので、家の中のことを教えてくれたり、近所を案内してくれたりと、いろいろ世話を焼いてくれます。

そしてこの母と娘、同じ名前「ソラヤさん」です。
こちらではよくあることですが、呼ぶと2人して返事するのでややこしい・・・
そして二人ともフライドチキンとフライドポテトが大好き。
お手伝いさんが作ってくれたご飯があっても、買ってきて食べます。
なので、もちろん大きいです・・・

犬は7歳。飼い主いわく、人見知りで欲深なエゴイストだそう。
なので、まだ触ることができません。
食べ物に対する執着が激しく、満腹なとき以外は何かほしがっています。
飼い主も食べ物をあげてしまうので、肥満です。
こないだこの犬が足を引きずっていたので獣医さんが来たのですが、なんのことはない、ただの太りすぎとの診断を下されました。
かわいそうに、このおじいちゃん犬は今ダイエット中で、夜も眠れません。

お手伝いさんも、豪快で肝っ玉かーちゃんなかんじ。
ご飯や掃除・洗濯など、生活の一切は彼女のお世話になっています。
朝食を食べながら彼女とおしゃべりするのが楽しみの一つです。

これがパナマでの家族です。


私の部屋。


この家は、人はいいのですが、隣近所と接している+窓あけっぱなしのため、うるさい。
親子喧嘩の泣き叫ぶ声はもちろん、テレビ、音楽、話し声、食器やシャワーなどの生活音、車の騒音がひどい。

そして、部屋中犬くさい。
シャワーしているんでしょうけど。

なので、昼間は出かけていないのがストレスをためない方法です。

これが私のパナマでの「住」です。
by momine2 | 2010-10-22 02:21 | Trackback | Comments(0)
来ちゃいました、パナマ
雲の下に下りると、飛行機の窓からは懐かしの赤いトタン屋根。
一瞬私の愛するコスタリカかと思ったけど、海岸線沿いに高層ビルが立ち並ぶそれは、明らかに違う国。

午後12時50分。ついに到着しました。パナマ。
飛行機を一歩出ると、日本の夏がまた戻ってきたかのような蒸し暑さとスペイン語。
車窓からの眺めも、まったく外国に来た感じがせず、むしろ「ああ、帰ってきた。。。」。
ただいま。ラ米。

 ↓ 空港からパナマ市外に向かう車の中から。2年前来たよりも明らかにビルが増えてます。都会だ〰〰


日本の時間-2時間して朝夕ひっくり返して一日戻したのがパナマ時間。

今日から2日間は隊員連絡所という詰所に泊まります。
なつかしの2段ベット、においの強い洗濯洗剤の香り、そこら中に貼られた注意書きのメモ、冷蔵庫の中の名前の書かれたビニール袋。

この地区は夜11時ぐらいに(数人で)出歩いても大丈夫らしい。拳銃強盗や刃物強盗などの話は聞いたことがないそう。
ビルがボンボン建ってるし、歩いて数分でコンビニはあるし、日本食材屋もすぐ近くだし、物価安いし、コスタリカの首都サンホセと比べたら遥かに住みやすそう。
ただ、蒸し暑い&蚊は困るけど。。。

今日は特にやることもなかったので、たまたまいた隊員さんに近くを案内してもらいました。
そして、楽しみにしていた安くておいしいフルーツをゲット。
ピーニャとパパジャをつまみにパナマビール&ロンを早速頂きました。幸せ~~♪

さて、これから4ヶ月、どんなパナマ生活が待っているのでしょうか???
by momine2 | 2010-10-19 11:01 | Trackback | Comments(2)